七回忌

Posted by aishinkakura on 29.2017 日常 6 comments 0 trackback
  

 昨日の5月28日に家内の七回忌を行いました。命日は6月1日ですが家内の兄弟たちの都合とかお寺の都合を調整して28日になりました。早かったのか遅かったのか分かりません。でもやはり早かったのでしょう。亡くなったのは昨日のことのように覚えていますから。亡くなったばかりの頃は帰宅すると玄関に迎えに出てくるような気がしてなりませんでした。流石に今はもうそんな気はしません。思えば通夜・告別式、四十九日、一周忌、三回忌、そして今回の七回忌、毎年の命日やお盆の施餓鬼と供養が続きます。早く亡くなったから出来ますが、私の場合はどうなのかと不安になります。



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教授、おっはー

薫子の場合は、母を10歳で亡くしましたが父が認知症になるまで父が母の法要を母の従妹に
助けて貰いながら一人でしていました。薫子は母の法要を一回し、母の一周忌と父の法要を
したのが最期で以降してません。それは、宗教状の理由でクリスチャンは何回忌とか初盆とか
一切しないからです。お墓参りはしますが、お金は入らないしすがすがしくていいですよ^^

教授、心配しないで。仏教は分かりませんが仏の教なので仏様がいいようにされてくれますよ
うまく言えなくてごめんなさい<m(__)m>姪っ子さんとか教授にはいらっしゃるので大丈夫でしすよ。仏教はあまり分からないのでこんなコメントで済みません<m(__)m>
2017.05.29 05:37 | URL | 薫子 #- [edit]
おはよう御座います。コメントありがとう御座います。

以前もお話したかも知れませんが私は元々無宗教です。
子供の頃は日曜礼拝をしていましたのでキリスト教が一番身近でした。
父親が亡くなってからも同じでした。
しかし家内が亡くなってからは違います。形は仏教の形式を借りて
いますが気持ちの問題なのだと思います。
一周忌からはじまる法要に関しても別に仏教でなくてもいいと思います。
ただしなにか形にしたいと思ったときにキリスト教ではそういう習慣
儀式がないので故人を思うには不便なのだと思います。
仏教はなんとも思いませんが仏教でやる法要・儀式は利用価値がある
と思います。
個人個人の考え方の問題でしょうが。

愛新覚羅
2017.05.29 07:38 | URL | aishinkakura #- [edit]
こんにちは 愛新覚羅さま 

入院 手術中に 亡夫の 17回忌を 母・弟らで 行いました、

私は 婦人科の手術待ちで 忙しくしてました、

これで 最後ねと 家族らなどにも 納得してもらいました、

いつもありがとうございます、 たか 
2017.05.29 13:23 | URL | たか #- [edit]
こんにちは。コメントありがとう御座います。

入院中に主役なしで法事ですか。主役がいないと締まらないでしょう。
命日を過ぎてしまってもいいから退院後にしたほうが良かったのでは
ないでしょうか。まあ色々と事情もあるのでしょうが。

愛新覚羅
2017.05.29 13:36 | URL | aishinkakura #- [edit]
こんばんは。

僕は昨年、行いました。
すべて義母の意向です。

もうこれ以上は仏教の作法に捕らわれたくないです。
妻を想う気持ちは人一倍ですが
宗教的な作法には考えがついていきません。

このことについての義母との確執も堪えられない状況です(笑)
2017.05.30 02:34 | URL | 孝ちゃんのパパ #- [edit]
おはよう御座います。コメント有難う御座います。

これを仏教行事ととらえるのか、心の区切りととらえるのか
は個人個人違っていると思います。
私の場合は法要が自分の心のけじめとして利用できるものだと
考えていますのでそれに乗っているということです。
家内の実家に対しての礼儀ということもあると思います。

愛新覚羅
2017.05.30 07:13 | URL | aishinkakura #- [edit]

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